上野村へき地診療所
休みの日に依頼があった往診を終え、診療所に帰る途中だった。河原で倒れた人がいると看護師さんから連絡が入った。意識状態が悪そうなので救急車の手配をするように伝えたという。今日はとても暑い。このような日は救急車も忙しいだろうと思い、その足で河原へ向かった。
河原へ到着すると、不安そうな表情を浮かべる若者が乗用車の近くに立っていた。
「友達が突然倒れて。救急車はすぐ来られないみたいで・・・。」
村内に唯一ある救急車は出動中らしい。その若者に経過や倒れた友人の既往を聞きながら、車内で朦朧としているその友人の意識状態とバイタルを確認した。JCS 10で呼吸数は増加しているが、血圧・脈と酸素飽和度は問題ない。左前腕にルートを確保し車外へ出ると、救急車のサイレンの音が遠くで響いていた(平成27年真夏の出来事)。
- 診療所の概要
人口約1350人、高齢化率43%の上野村は、長野県と埼玉県に接する群馬県の最南端に位置し、日航機墜落事故で有名な御巣鷹山がある。その上野村に唯一ある医療機関に私は勤めている。診療所の2階は宿舎であり、診療所と同じ建物には保健福祉課、高齢者集合住宅、グループホーム、デイサービス、地域包括支援センターが存在する特徴的な構造となっている。 - 診療所の仕事
「かかりつけ医」として生活習慣病などの慢性疾患をもつ患者さんが一日平均30~40人、多い時は80人ほど診療所を受診する。さらに、心筋梗塞や交通外傷など救急疾患の患者さんも診療所を受診し、問診や身体所見から病態を把握し、限られた設備から診断をしぼらなければならない。また、近隣の病院へ救急車で約40~90分かかるため、一刻も早く救急搬送が必要な患者さんの場合は群馬、長野、埼玉からドクターヘリを要請している。超高齢社会の上野村は、在宅治療を望む患者さんが多い。病院に行けば助かるかもしれないが、病気は良くなっても寝たきりになってしまったり、本当は在宅死を望んでいたのに病院で最後を迎えたりする場合がある。患者さんや家族の望まない結果とならないよう、本人や家族とよく相談しながら治療方針を決定している。 - 診療所赴任後の取り組み
病気のことや健康のこと、日頃患者さんが疑問に思っていることをまとめた広報誌を作成した。看護師さんの案で「Dr. のっぽ診療所」とその広報誌は命名された。私の身長が188 cmだから、この名前がつけられた。そのため、のっぽ先生と呼ばれるようになった。広報誌作成以外に、うえのテレビに出演したり、村民に講演したり、側弯症や認知症の早期発見と啓蒙のための問診票を作ったり、保健師さんとウォーキング支援をはじめたりした。仕事は増えたが、地域住民のために働けていると実感している。 - おわりに
冒頭で述べたような小説やドラマになるような出来事が診療所で起きる。道端で倒れた人を救命したり、在宅死を望む末期癌患者さんと家族の手伝いをしたり。だから、地域医療はおもしろい。